胃潰瘍・十二指腸潰瘍
胃潰瘍・十二指腸潰瘍
胃潰瘍ならびに十二指腸潰瘍(消化性潰瘍)は、食物を消化する強力な胃酸や消化酵素(ペプシン)が、自らの胃や十二指腸の粘膜を深く掘り下げて組織を欠損させる病態です。粘膜の表面がただれる「びらん(胃炎)」とは異なり、粘膜の下にある筋肉の層(粘膜筋板や固有筋層)にまで深くえぐれた状態を指します。
最大の原因は「ヘリコバクター・ピロリ菌」の持続感染と、痛み止めなどの「非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)」の使用です。みぞおちの痛み(心窩部痛)が代表的な症状ですが、無症状のまま進行し、突然の吐血や下血(黒色便)、あるいは胃や腸に穴が開く(穿孔)といった命に関わる合併症を引き起こすことがあります。内視鏡検査(胃カメラ)で正確な診断をおこない、強力な胃酸分泌抑制薬による治療と、原因となるピロリ菌の除菌や薬剤の調整をおこなうことで、高い確率で治癒を期待できる疾患です。
発生する部位(胃か十二指腸か)によって、痛みが起こるタイミングに特徴的な違いがあります。
1. 胃潰瘍の症状
・食後の心窩部痛:食事をとったのちほどに、みぞおちから左側にかけて重苦しい痛みがあらわれる傾向があります。食べ物が胃に入って胃酸が分泌され、さらに胃が収縮して物理的な刺激が潰瘍部分に加わるためです。
・胸やけ・胃もたれ・吐き気:胃の働きが低下し、胃酸が食道へ逆流しやすくなることや、消化不良によって生じます。
2. 十二指腸潰瘍の症状
・空腹時の心窩部痛:夜間から早朝にかけての空腹時に、みぞおちに鋭い痛みがあらわれるのが典型的な特徴です。十二指腸は胃液を中和する働きを持っていますが、空腹時は胃酸の濃度が極めて高くなり、それが直接十二指腸に流れ込むためです。食事をとると胃酸が薄まるため、一時的に痛みが和らぎます。
3. 出血と穿孔(重篤な合併症の症状)
・吐血と下血:潰瘍が深く進行して血管が破れると、胃酸と混ざってコーヒーの残りかすのようになった血液、あるいは鮮血を嘔吐します。また、血液が腸を通過する間に酸化して真っ黒なタール状の便(黒色便)として排泄されます。これに伴い、急速に貧血が進行し、めまいや動悸、息切れが生じます。
・穿孔:潰瘍が壁を完全に突き破って穴が開くと、胃液や食べ物がお腹の中に漏れ出し、急性腹膜炎を引き起こします。突然、お腹全体に激痛が走り、命に関わる敗血症性ショックに至る危険性があります。
胃ならびに十二指腸の粘膜は、常に「攻撃因子(胃酸、ペプシン)」と「防御因子(粘膜を覆う粘液、粘膜の血流、プロスタグランジンなど)」のバランスによって保たれています。
消化性潰瘍は、この天秤のバランスが崩れ、攻撃因子が防御因子を上回ることで、自らの組織が消化されてしまう(自己消化)病態生理学的なメカニズムによって発症します。
一般的に、胃潰瘍は高齢者に多く、胃の出口に近い部分(胃角部や前庭部)に発生しやすい傾向があります。これは加齢とともに防御因子が低下しやすいためです。一方、十二指腸潰瘍は比較的若い世代(20~40代)に多く、胃のすぐ先の部分(十二指腸球部)に発生します。これは若い世代のほうが胃酸の分泌量(攻撃因子)が多いためと考えられています。
胃潰瘍において医学的に最も警戒すべき点は、「良性の潰瘍」と「悪性腫瘍(潰瘍を伴う進行胃がん)」の鑑別です。
胃がんは、成長の過程で中心部分が崩れて潰瘍を形成することが多々あります(潰瘍浸潤型胃がん)。内視鏡で見ただけでは、それが純粋な良性の胃潰瘍なのか、がん細胞が隠れている悪性の潰瘍なのかを見極めることが困難なケースが存在します。そのため、胃潰瘍を発見した場合は、必ず周囲の組織を複数箇所採取(生検)し、顕微鏡でがん細胞の有無を病理学的に確定させる必要があります。
一方、十二指腸に悪性腫瘍(原発性十二指腸がん)が発生することは解剖学的に極めてまれであるため、十二指腸潰瘍の場合は原則として生検をおこなわず、良性として治療を開始します。
消化性潰瘍の発症原因は、大半が以下の2つの明確な要因に集約されます。
1. ヘリコバクター・ピロリ菌感染
胃および十二指腸潰瘍の最大の原因です。ピロリ菌が分泌するアンモニアや毒素が胃の粘膜を直接傷つけ、持続的な慢性炎症を引き起こします。これにより粘膜の防御機能が著しく低下し、潰瘍が容易に発生する環境を作り出します。十二指腸潰瘍の患者さんの約90%、胃潰瘍の患者さんの約70%がピロリ菌に感染していると報告されています。
2. 非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)および低用量アスピリン
整形外科的な痛みなどで使用されるロキソプロフェンなどのNSAIDsや、脳梗塞や心筋梗塞の予防として内服する低用量アスピリンは、痛みを抑えたり血栓を防いだりする作用と引き換えに、胃の粘膜を守る重要な物質(プロスタグランジン)の生成を強力に阻害します。この薬理学的な作用により防御因子が急減し、胃酸の攻撃をうけて潰瘍が多発します(NSAIDs潰瘍)。このタイプの潰瘍は、痛みを抑える薬によって潰瘍自体の痛みも隠されてしまうため、無症状のまま突然大出血を起こすリスクが高いという恐ろしい特徴を持っています。
3. その他の原因
極度の精神的ストレス、広範囲の熱傷や大手術(ストレス潰瘍)、過度なアルコール摂取や喫煙などが、自律神経のバランスを崩して粘膜血流を低下させ、攻撃と防御のバランスを破綻させる要因となります。
診断の確定、がんの除外、ならびに原因の特定をおこなうため、以下の客観的な検査を実施します。
・上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)および生検
潰瘍の診断における絶対的なゴールドスタンダードです。潰瘍の正確な位置、深さ、数、および出血の有無(活動期、治癒過程、瘢痕期などのステージ)を直接視覚的に評価します。前述の通り、胃潰瘍の場合は悪性(胃がん)を除外するために、潰瘍の辺縁から組織を採取する生検が不可欠です。また、活動性の出血がある場合は、その場で止血処置をおこないます。
・ピロリ菌検査
内視鏡検査で採取した組織を用いる迅速ウレアーゼ試験や鏡検法のほか、尿素呼気試験、血液の抗体検査などを用いて、潰瘍の根本原因であるピロリ菌の感染の有無を確実に判定します。
・血液検査
出血に伴う貧血の進行度(ヘモグロビン値の低下)や、穿孔を疑う場合の炎症反応(白血球やCRPの上昇)を客観的に評価します。
1. 薬物療法(初期治療)
胃酸の分泌を根元からブロックする強力な薬(PPIや、さらに効果の早いP-CAB)を内服、あるいは点滴で投与します。胃の中のpHを持続的に上昇させることで、攻撃因子を無力化し、潰瘍を通常約6〜8週間で治癒に導くことが期待できる治療です。
2. ピロリ菌の除菌療法
ピロリ菌陽性の潰瘍の場合、胃薬だけで一旦潰瘍が治癒したのちほどであっても、1年以内に半数以上が再発します。再発の連鎖を断ち切るため、潰瘍の治療と並行して、2種類の抗菌薬と1種類の胃酸分泌抑制薬を7日間内服し、ピロリ菌を完全に排除します。除菌に成功すれば、潰瘍の再発率は劇的に低下します。
3. NSAIDs潰瘍への対策
原因となっている痛み止め(NSAIDs)を可能であれば休薬するか、胃の粘膜障害が少ない別系統の薬(アセトアミノフェンなど)に変更します。心疾患などで低用量アスピリンなどの内服がどうしても必要な場合は、予防としてPPIやP-CABを生涯にわたって併用(休薬せず同時内服)していただくことが医学的に強く推奨されます。
4. 内視鏡的止血術および外科的治療
潰瘍から勢いよく出血している場合は、内視鏡の先端から止血用の金属クリップをかけたり、高周波で焼いたりして直接血を止める緊急処置をおこないます。潰瘍が胃や腸の壁を突き破った(穿孔した)場合や、内視鏡で血が止まらない大出血の場合は、命を救うための緊急の外科的手術(開腹または腹腔鏡下手術)が必要となります。
Q.ストレスで胃に穴が開くというのは本当ですか?
A.本当です。極度の身体的あるいは精神的ストレスは、交感神経を異常に緊張させて胃の粘膜の血流を著しく低下させます。これにより粘膜の防御機能が急速に失われ、数時間から数日のうちに急激な潰瘍(ストレス潰瘍)を形成し、出血や穿孔(穴が開くこと)を引き起こすことが医学的に確認されています。
Q.胃潰瘍は胃がんになりやすいのですか?
A.良性の胃潰瘍の細胞が、時間が経って胃がんの細胞に変化(悪性化)することはありません。しかし、胃がんが進行して表面が崩れ、「胃潰瘍のような見た目」になることは多々あります。また、胃潰瘍の最大の原因であるピロリ菌の持続感染は、胃がんを発生させる強力な土台(萎縮性胃炎)を作るため、潰瘍が治癒したのちほどであっても胃がんが発生するリスクは残ります。定期的な内視鏡による監視が必要です。
Q.痛み止めを飲んで胃が痛くなったので、市販の胃薬を一緒に飲めば大丈夫ですか?
A.大丈夫ではありません。市販の一般的な胃薬(粘膜保護薬など)では、NSAIDsが引き起こす強力な粘膜障害(プロスタグランジン低下)を完全に防ぐことは困難です。自己判断で痛み止めを飲み続けると、無症状のまま深い潰瘍ができ、突然の吐血などで命の危険にさらされることがあります。必ず医師にご相談のうえ、適切な医療用の胃酸分泌抑制薬(PPIなど)を処方していただく必要があります。
「食後にみぞおちが重く痛む」「夜間や明け方の空腹時にみぞおちが痛くなり、何か食べると楽になる」といった症状が数日以上続く場合は、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の可能性が極めて高いため、速やかに消化器内科を受診し、内視鏡検査による客観的な評価をうけてください。
特に、「真っ黒なタール状の便(黒色便)が出た」「コーヒーの残りかすのような血を吐いた」「ふらふらして立ちくらみがする」といった症状は、潰瘍から活動性の出血を起こしている極めて危険なサインです。また、「突然、お腹全体に激痛が走り、身動きがとれない」場合は、潰瘍が突き破れて腹膜炎を起こしている緊急事態(穿孔)です。これらの症状があらわれた場合は、昼夜を問わず直ちに救急車を要請し、緊急内視鏡や手術が可能な医療機関を受診する必要があります。