大腸憩室症
大腸憩室症
大腸憩室は、大腸の壁の一部が腸管の内圧に耐えきれず、外側に向かって袋状に飛び出した状態を指します。憩室が複数存在する状態を「憩室症」と呼びます。大半の憩室は無症状であり、大腸内視鏡検査などで偶然発見されますが、この窪みに便が入り込んで細菌が繁殖し炎症を起こす「大腸憩室炎」や、憩室の底を走る血管が破綻して大量に出血する「大腸憩室出血」といった急性合併症を引き起こすことがあります。加齢による腸管壁の脆弱化や、食物繊維の不足に伴う便秘などが主な発生要因です。憩室そのものは良性の構造的変化であり、がん化することはありません。しかし、一度形成された憩室が自然に消失することはなく、炎症や出血を繰り返す場合には、内科的治療(絶食や抗菌薬)から内視鏡的止血術、さらには外科的手術まで、病態に応じた段階的かつ迅速な介入が必要となります。
憩室症そのものは無症状ですが、合併症を発症すると特異的な急性症状があらわれます。
1. 大腸憩室炎の症状
・限局性の腹痛:憩室がある部位に持続的な痛みが生じます。日本人に多い右側結腸(盲腸や上行結腸)の憩室炎では右下腹部が痛み、急性虫垂炎(盲腸)と極めて似た症状を呈します。左側結腸(S状結腸)の場合は左下腹部が痛みます。
・発熱および消化器症状:38度以上の発熱や悪寒、吐き気、嘔吐、便通異常(下痢や便秘)を伴うことが多くみられます。
・腹膜炎のサイン:炎症が腸の壁を貫通して穴が開く(穿孔)と、便がお腹の中に漏れ出して腹膜炎を引き起こし、歩く振動だけでお腹に激痛が走る極めて危険な状態に陥ります。
2. 大腸憩室出血の症状
・無痛性の大量下血:腹痛を全く伴わずに、突然、便器が真っ赤に染まるほどの鮮血、あるいは暗赤色の血液を大量に排泄します。出血量が多いため、急激な血圧低下や貧血(立ちくらみ、めまい、冷や汗、意識消失)を引き起こすことがあり、消化管出血の中でも特に緊急性の高い病態です。
大腸の壁は「粘膜」「粘膜下層」「固有筋層」「漿膜」の多層構造で成り立っています。
大腸憩室の大部分は、最も内側の粘膜と粘膜下層が、筋肉の層(固有筋層)の隙間から外側へ脱出した「仮性憩室」です。大腸の壁には、粘膜に血液を供給するための血管(直動脈)が固有筋層を貫く小さな穴が多数存在しており、この部分が解剖学的に最も構造が弱くなっています。腸管内の圧力(内圧)が高まると、この弱い部分から粘膜が押し出されて憩室が形成されます。
欧米ではS状結腸(左側)に多発しますが、日本人をはじめとするアジア人では先天的な腸管の構造的要因から右側結腸に発生しやすいという特徴がありました。しかし近年は、食生活の欧米化と高齢化に伴い、日本でも左側結腸の憩室が増加傾向にあります。
大腸ポリープ(腺腫)が将来的に大腸がんへと悪性化するリスクを持つ「腫瘍性の隆起」であるのに対し、大腸憩室は単なる「物理的な壁の窪み(脱出)」であり、憩室の細胞ががん細胞に変化することは病理学的にありません。
しかし、憩室の底は極めて薄い粘膜のみで構成されており、筋肉の層がないため、物理的なバリア機能が著しく乏しいという弱点を持っています。そのため、一度炎症が起こると腸管の外側へ容易に波及しやすく、膿の塊(膿瘍)を形成したり、腸に穴が開いたり(穿孔)しやすいという解剖学的なリスクを常に抱えています。
大腸憩室が形成される力学的な背景には、「腸管内圧の上昇」と「腸管壁の脆弱化」の2つの要因が存在します。
・食物繊維の不足と便秘:食物繊維の摂取量が少ないと、便の容積が減ってウサギの糞のようなコロコロとした硬い便になります。これを先に押し出そうと大腸が過剰に強く収縮(痙攣)するため、腸管内の圧力が異常に高まり、壁が外側に押し出されます。
・加齢による組織の変化:年齢を重ねるにつれて、腸管の筋肉や結合組織(コラーゲン)の弾力性が失われ、壁そのものが弱くなります。そのため、高齢になるほど憩室の発生頻度は指数関数的に上昇します。
合併症の診断、炎症の波及範囲の評価、および出血源の特定のために、病態に応じた的確な検査を選択します。
・腹部造影CT検査
大腸憩室炎を疑う場合の最も重要かつ第一選択となる検査です。憩室の存在、腸管壁の腫れ(肥厚)、周囲の脂肪組織の炎症の広がりを客観的に評価します。さらに、腸の外に膿が溜まっているか(膿瘍形成)、腸に穴が開いて空気が漏れていないか(穿孔)を立体的に把握し、手術が必要かどうかを決定する決定的な指標となります。
・大腸内視鏡検査(大腸カメラ)
大腸憩室出血を疑う場合の絶対的な必須検査です。下剤で腸内を綺麗にしたうえで、無数にある憩室の中から「現在出血している憩室」あるいは「出血した痕跡(露出血管や血栓)がある憩室」を探し出し、その場で止血処置をおこないます。なお、急性憩室炎を発症している最中は、腸管に空気を入れて内圧を上げると穿孔する危険があるため、内視鏡検査は原則として禁忌(おこなってはいけない)であり、炎症が完全に治まったのちほどにがんを除外する目的で実施します。
・血液検査
炎症反応(白血球数やCRPの上昇)の程度や、出血による貧血の進行度(ヘモグロビン値の低下)を数値化して重症度を評価します。
憩室症そのものは治療不要ですが、合併症に対しては病態の重症度に応じた迅速な介入をおこないます。
1. 大腸憩室炎の治療
・保存的治療(内科的治療):軽症であれば、消化の良い食事や絶食による腸管の安静と、抗菌薬の内服で治癒を期待できます。中等症以上の場合は入院のうえ、完全な絶食・絶飲とし、点滴による水分・栄養補給と強力な抗菌薬の静脈内投与をおこないます。
・外科的治療およびドレナージ:腸の周囲に大きな膿の塊(膿瘍)ができている場合は、皮膚から針を刺してチューブを入れ、膿を体外に排出する処置(経皮的ドレナージ)をおこないます。腸に穴が開いて腹膜炎を併発している場合や、内科的治療で改善しない重症例では、緊急の開腹手術または腹腔鏡下手術で炎症を起こしている腸管を切除し、必要に応じて一時的な人工肛門を造設します。
2. 大腸憩室出血の治療
・内視鏡的止血術:内視鏡で出血源の憩室を特定できた場合、小さな金属のクリップで血管を挟み込んで止血する(クリッピング法)、あるいは憩室をゴムバンドで縛って裏返して止血する(内視鏡的結紮術:EBL)といった処置をおこないます。
・IVR(血管内治療)およびバリウム充填:内視鏡で出血源が特定できない、あるいは血が止まらない場合は、足の付け根の血管からカテーテルを入れ、出血している腸の動脈に詰め物をして血流を遮断する治療(動脈塞栓術)をおこなうことがあります。また、高濃度のバリウムを腸に注入し、物理的な圧迫で止血を図る手法も存在します。これらでもコントロールできない大量出血の場合は、救命のための緊急外科手術(腸管切除)が必要となります。
Q.大腸カメラのときに、ポリープのように憩室を切除していただくことはできるでしょうか?
A.できません。大腸ポリープは腸管の「内側」に向かって盛り上がっているため安全に切り取れますが、憩室は腸の壁が「外側」に飛び出した窪みです。これを内視鏡で切り取ろうとすることは、大腸の壁に自ら穴を開ける(穿孔させる)ことと同義であり、極めて危険な行為となります。憩室を物理的になくすためには、その部分の腸を外科手術で切り取るしかありません。
Q.憩室炎を予防するために気をつけることはありますか?
A.便秘を防ぎ、腸管内の圧力を上げないことが最大の予防策です。水分を十分に摂り、根菜類、海藻類、キノコ類などの食物繊維を積極的に食事に取り入れて、スムーズで柔らかい排便を心がけてください。また、適度な運動による腸の蠕動運動の促進も有効です。
Q.出血は自然に止まりますか?
A.憩室出血の約70~80%は、絶食して安静にしているだけで自然に血が止まるとされています。しかし、残りのケースでは大量出血が続いてショック状態に陥る危険性があり、また自然に止まった場合でも高い確率で再出血を起こします。そのため、自然に止まることを期待して放置せず、必ず医療機関で適切な評価と管理をうける必要があります。
「腹痛は全くないのに、突然、便器が真っ赤になるほどの大量の血便が出た」「血の塊がドバッと出た」という場合は、大腸憩室出血や虚血性腸炎などの急性出血を疑う極めて緊急性の高いサインです。急激な血圧低下で命に関わる恐れがあるため、昼夜を問わず直ちに救急車を要請し、緊急内視鏡検査が可能な医療機関を受診してください。
また、「右下腹部や左下腹部の特定の場所が、動くのも響くほど持続的に痛む」「痛みに加えて寒気や発熱がある」といった場合は、大腸憩室炎や虫垂炎が疑われます。腸に穴が開いて腹膜炎に進行する前に抗菌薬による治療を開始する必要があるため、速やかに消化器内科を受診し、CT検査などによる客観的な評価をうけてください。